【高校生へ】日本の底辺Fラン大学に絶対に入らないほうがいい理由

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はじめに

Fラン大学(Fラン、F欄とも)とは、日本にある底辺大学のことで、一般的には、原義である偏差値35未満の大学のことを指します。しかし、この記事では偏差値50程度の私が通っていた大学について話すので、一概にこの定義に合うとは限りません。それは、偏差値が高ければ教育レベルは一概に高いですが、大学のレベルも高いとは言い切れないからです。たとえば研究を重視している大学と実技や就活を重視している大学とを比べるのには無理があったり、専攻したい学部が偏差値の高い大学にはない場合があったりするためです。

なお、「日本の」ということを強調するには2つの理由があります。1つは海外の大学は授業が自分の母語では行われないために、母語でない授業を受けて母語でない言語で生活する、それだけで大きな学びがあると考えているためです。2つは日本のように「偏差値」という概念がないためです。例えば私が今いるイタリアの場合は模試もなければ、偏差値もありません。多くの学部で大学受験自体がないからなのです。これについては別の記事で詳しく紹介します。

私が日本の大学に半年間通った理由

私が日本の大学に行こうと決めたのは、高校3年生だった2020年の2月です。なんでそんなに遅くなってしまったのかというと、イタリアの大学に行くことを前から決めていて、日本の大学は不要だと思っていたからです(実際、この半年間は時間とお金をドブに捨てたのと同義です)。私が行きたかった、そしてのちに合格した心理学部は、大学入試を課しているイタリアでは数少ない学科です。当然私はイタリアの大学の受験勉強だけをしていて、日本史などはほとんどしていなかったし、日本の高校の授業は7月にはすべて終わっていたため、日本の大学に入るための受験勉強をしていなかったのです。

さらに、決断するのが遅かったこともあり、国立大学には実質扉を閉ざされていたのです。しかし、それで良いのです。本当に通いたいのはイタリアの大学であるため、日本の大学の受験勉強に時間やお金をかけるべきではないからです。そこに新型コロナウイルスが追い打ちをかけ、「もしイタリアの大学に行けなかったら…」と考えることになったのです。

そのため、私は自宅から近く、「国際的な学風」をうたっていて、偏差値が低いため勉強しなくても特待生になれると思われた大学を受験することにしました。ちなみに入試自体は私が受けた高校入試よりも簡単で、時間の4分の3は寝ていました。もちろん、特待生に合格し、授業料は1円も払っていません。

Fランでの大学生活は時間とお金の無駄

大学生活は、高校時代の偏差値が69で、その中でも英語の点数は必ず上位30番には入っていた私には屈辱的な日々が続くのです。というのは、頭が悪いからこのFラン大学に来たわけではなく、あくまでもイタリアの大学に行くまでの半年間で少しでも学びを深めておこうと思っているから来たのです。

「12月」って英語でどう綴るんだっけ?

同級生は私に聞きました。人を馬鹿にするのもいい加減にしてほしいです。これが「大学」という高等教育機関のレベルだとは、信じたくなかったのです。

まだ、ここまでなら、奇跡的に信じられないほどの馬鹿が大学に入ってきたのだな、と思えばよかったのですが、ここからも信じられないことが起こります。

yellowの意味を答えなさい。

という「レベル評価テスト」が入学後すぐ行われたのです。選択式だったのですが、他の選択肢はあまりにも呆れてしまって全部忘れました。これくらいならイタリア語で聞かれても十分答えられますね。ちなみにdicembreとgialloです(誰も聞いてないとは思いますが)。

一応書いておきますが、これは高校入試ではなく、不登校などで学校に行けなかった人を救うための夜間中学や通信制高校でもなく、れっきとした大学の授業なのです。一応、高校までの12年間の教育は全て終わっているはずの人間たちがここにはいるはずなのです。英語の授業の内容は全てわかっていました。しかし、日本の大学は出席しないと単位が貰えないので、仕方なく出席していました

Fラン大学では研究ができない

これもほかの記事で書きますが、大学という高等教育機関の役割は、研究して学びを深めることであり、就職予備校でもなければ、実技を身に着ける場所でもなければ、「人生の夏休み」と言って遊ぶ場所でもないのです。学びにならない出会い系サイトに準じたサークル(例外は、はなおさんの積分サークル、クイズノックを生んだクイズ研究会など)などさっさと潰れてしまえば良いと私は思っているのですが、なかなか理解されません。遊びたければ、高校を卒業してから大学に行かずに遊ぶ道を選べばいいのに、わざわざ(多くは親に)お金を払わせてまで大学に在籍しているのが不思議でなりません。

大学に入る目的は、

  • 学会に参加する。大学生だと学生料金で半額以下で参加できる。(一応書いておくが、宗教のほうではない)
  • 学会誌などに論文を投稿する。論文の書き方を学ぶ。
  • 院生のゼミに(可能であれば)参加する。
  • 研究をする。研究の方法を学ぶ。とくに理系だと、研究室に行かないと設備がそろわない。
  • たくさんの論文や学会誌や専門書を読む。例えば医中誌Webなどにある論文は、大学のライセンスがないと読むことすらできないので、そのような論文を読む。

なのですが、これを1つも満たせない大学がFラン大学なのです。

  • 学会に参加しようとすると、「大学生で参加できる学会はないよ」と鼻で笑われる。調べるともちろん見つかるものの、指導教員がこのようにクソなので、協力は得られず「家でやってろ」と言われる。
  • そのため学会誌など雲の上の話。そもそも大学の図書館に置いてある学会誌はとても古かったりして使い物にならない。
  • 大学院すらないので、ゼミが行われない(ゼミと称した小学生の自由研究レベルの内容は、大学3年生以降がするらしいが、誰も論文を投稿してすらいない)。
  • 研究室に行くとかなり嫌がられるし、まともに対応してもらえない。大学生のゼミは受け入れてすらもらえないので、スタートラインにすら立てない。
  • 医中誌Webなどのライセンスがない。そんな案内すらない。

このように、学びたい学生の意志を片っ端からくじいていくのがFラン大学なのです。こんな大学の真似事をするなら、幼稚園児のままごとのほうがよっぽど上手にできます。

さいごに

生活すべてが学びになる海外の大学を心からお勧めします。人生でした決断の中で最も大きなものでしたが、最も良い結果をもたらしてくれました。

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