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【高校生へ】Fラン大学に行く価値はあるのか

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この記事は約5分で読めます。
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はじめに

この記事と似たようなタイトルの記事をすでに書いていましたが、色々あり削除しました。この記事の内容はそれとは大きく異なります。

最初に、「Fラン」とは「Fランク大学」のことで、要は「偏差値が低く、入学試験をパスするのが容易で、学生の平均的な学力が低い大学」のことです。これは入学試験が厳しいアジア圏独自の用語です。入学試験がそもそもない、もしくは簡単で、その代わり卒業が難しい欧米(北米やヨーロッパ)の大学では、そもそも「偏差値」「模試」「Fラン」という概念がありません。

結論: どの大学にも行く価値はある

結論から言えば、Fランであろうと、偏差値の高い大学であろうと、大学には行く価値があります。

Fランでも、大卒には変わりない

ひとつめの理由は、大卒には変わりないということ。

高卒では応募できない仕事もたくさんあります。実際、私がしている翻訳者の仕事でも、高卒ではどんなに能力や経験があっても「高卒である」というだけで書類審査さえ進めないこともあるのです。とくに日系企業に多いです。外資系企業や外国の企業の場合は、経験年数が重要になります。しかし、大卒があれば仕事の幅が広がることは間違いありません。

Fランであろうと、卒業してしまえば「大卒」を名乗れるのです。当たり前のことですが、卒業することが大事なのです。有名で偏差値の高い大学に入ったとしても、そこを中退したら、履歴書上では「○○大学中退」となり、大卒での仕事に応募できません。しかし、Fランであろうと、そこを卒業したら、「○○大学卒業」と履歴書に書けるため、大卒でしか入れない仕事にも応募できます。

有名大学であろうと、海外では名前が知られていないことが多い

そして、大学の名前などたいして(特に海外では)知られていないということです。

ではあなたに質問です。中国の大学の名前を10個あげてみてください。無理ですよね。
韓国の大学の名前を10個あげてみてください。これも無理ですよね。
アメリカであろうとイタリアであろうとフランスであろうと、無理ですよね。
私も無理です。

外国人からしたら、日本の大学の名前も同じことなのです。むしろ、大学名ではなく、何を学んだ/専攻した(study/major)か、高校卒業の時点から人間的にどう成長し、どんな経験を積み、何を学んだか(learn)ということのほうが大切なのです。

私のイタリア人の友達に「大阪の大学」の話をしたことがあります。「私の友達は大阪の大学で勉強していて、学生生活が楽しいと言っているよ。その子とお友達になったよ」という話です。

彼女は、「大阪 大学」と検索したのでしょう。大阪大学(阪大)のページを持ってきて、「ここはどんな大学なの?」と聞いてきました。

彼女は日本で学びたいと思っていたので、詳しく教えてくれという文脈です。

つまり、大阪に大学は約50個ありますが、それがどれであるかなど(特に海外では)重視されないということなのです。

さらに補足すると、イタリアでは「フィレンツェで学んでいる」と「フィレンツェ大学で学んでいる」はほぼ同義です。なぜなら、1つの街に1つの(国立)大学があるというのがイタリアの常識だからです。つまり、彼女は「大阪の大学=阪大」と判断したのです。

大学でしかできない体験は、Fランでももちろんできる

大学でしか学べないことはたくさんあります。

大学とは、高等教育の基礎教育の場所です。高校までの中等教育とは決定的に違うものなのです。そのため、どの大学であろうと、大学生活(勉強ももちろん含む)は経験できるのです。

しかし、あくまで基礎教育であることには変わりないのです。専門教育は大学院の役目です。

たとえば農業では野菜を作り、工業ではスマートフォンを作りますが、それと同じように全く違うものなのです。

大切なのはどんな環境でも「腐らない」で卒業を目指すこと

「同級生が馬鹿だから、私もやる気をなくした」というのは、もっともらしいですが所詮言い訳です。

日本の私立大学に通っている友人から、このようなことを聞きました。

英語のグループワークで、隣の席の子が「12月」のスペルを聞いてきた。正直かなりびっくりしたが、教えてあげた。

なんだ、これがFランのレベルか、こんな酷いところに来てしまったのかと、私はひどく後悔した。それなら大学になんて行かないほうがましだったかもしれない。

その子は不登校で、病気がちだったことをあとで知った。「そんなことも知らないの?」と馬鹿にした態度を取らないでいてよかったと思った。大変な病気を抱えていても大学に通って、勉強をしている彼女のことをすごいと思い、お友達になった。

私は高校で留学していたから、英語は得意だった。彼女を助けられると思った。

結局、彼女は英語のグループワークで単位を貰った。最初は酷いレベルだったが、とにかく一生懸命頑張っていたのが私にもわかった。

一生懸命勉強しないで、バイトに明け暮れていたり、飲み歩いてばかりだったり、正直そういう子もたくさんいた。でも、彼女も私も、そういう子から悪い影響を受けなかった。

見ていると、バイトの子やお酒漬けの子は、大学を辞めていった。彼女は辞めなかった。私も辞めなかった。

「簡単な授業でつまらない」と下に見ていたけれども、それはかえって卒業までにほかのことができるための時間の余裕があることだと気づいた。第一志望の国公立大学に行っていたらそんな暇はなかっただろう。私は彼女を誘って、プログラミングスクールに通って、そこを卒業した。

少し長いですが、要は「どんな環境でも、頑張って腐らずにいれば、道は開ける」ということです。

そして、簡単な授業ということは、単位を取るまでにあまり努力を要しないということです。それで遊んでばかりいたのでは未来がありません。別の言語を勉強したり、彼女たちのようにプログラミングスクールに通ったりと、学外活動にも時間を使えるのです。しかし、一番大切なのは単位を取り卒業することです。それでなければ、結局「大学中退」になってしまうのですから。

そして、英語が苦手だった不登校の子は、首席で大学を卒業したそうです。大学という場所は、学ぶ意欲がある人に開かれている場所なのです。入学時の偏差値などあくまでも入試でしか役に立たないのです。

最後に

しかし、もしこれを読んでいる受験生がいたら、「なんだ、ならFランでいいや」と思うのはあまりにも愚直な感想です。

狙える最大のレベルの学校に行こうと努力することは無駄ではありません。

努力した結果がFランであろうと、どこであろうと、そこで腐らないことが一番大切なのです。Fランには価値がないということではなく、そこで頑張らなかったらどんな大学も価値がないということなのです。

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