この記事には重要なネタバレを含んでいますので、作品をまだ鑑賞していない方はご注意ください。なお私は英語版を鑑賞しました。
作品のあらすじと補足
収容所に着くまで
ひとりの男性がTEDで自身の経験を話しています。「私は北朝鮮から来た、政治の話はしない。私は私の人生について語りたい」と話しています。綺麗なスーツを着て革靴を履いている彼は、とても貧しい脱北者には見えません。それでも彼のストーリーに皆が引き込まれ、彼の苦労と北朝鮮の闇を知るのです。
主人公であるパク・ヨハンとその妹であるミヒは、母のユリと父のヨンソンとともに北朝鮮の首都である平壌に暮らしています。平壌に暮らしているということは、彼らがエリートであることを意味しています。限られた人しか首都に住むことを許されていないのです。ヨンソンは日本に住んでいました。そのため部屋には「パチンコ」と日本語で書かれた写真などが置いてあったのです。彼らはその出身成分のせいで、常に当局から疑いの目を向けられていました。やがてその疑念は現実になり、ヨンソンは政治犯として逮捕され、ヨハンたちも政治犯収容所に強制収容されることになります。「あなたの父親は、国家とその党に対して深刻な罪を犯しました」と彼らは言います。
彼らが着いた家はとても「家」とは呼べないようなものです。床は汚く、窓も小さく、蜘蛛の巣だらけです。それでも家は完全にプライベートな空間で、最低限のプライバシーは守られていました。年齢や性別に関係なく、重労働が科されます。戦後すぐソ連により行われたシベリア抑留のように作業には厳しいノルマがあり、チームがそのノルマに届かないと連帯責任で激しい暴力などの罰を受けます。ちなみに、ノルマという言葉はシベリア抑留を生き延びた人たちにより日本に伝えられました。
完全統制区域への連行、公開処刑、人間のすることとは思えない地獄
収容所は地獄そのものの光景なのですが、彼らが最も恐れているものがあります。それはハン所長をトップに置く看守の視線と「完全統制区域」です。完全統制区域に送還されるということは、拷問の末に死を迎えることを意味しています。完全統制区域から出て自由の身になることはほとんど不可能なのです。収容所で十字を切った人がいました。彼女はクリスチャンなのです(私と同じように)。しかし北朝鮮ではキリスト教以外にも、あらゆる信教の自由がありません。そのため彼女は看守に連行されます。彼女は「完全統制区域だけは嫌!お願い!」と言いながら連行されます。
ある日、公開処刑が行われ、複数の人が銃殺されました。その様子を見て少年が「お母さん!」と叫びます。彼の名前はインス。彼のたったひとりの家族である母親を亡くしたことで、彼は吃音になります。そんな彼をヨハンたちは温かく迎え入れ、家族のように扱います。
母・ユリの死
季節は移り変わり、冬になります。収容所の食事はこどものお腹さえ満たせない最低限のものです。冬になると農作物も育たなくなりますから、人々は猛獣のように飢えてしまいます。
ある老人の娘は、その寒さと栄養失調で衰弱しています。彼女のために飼育されているウサギを彼は盗んだのです。ヨハンはそれを密告します。なぜなら、密告者にはご褒美としてわずかな食料などが与えられるからです。家族を守るため、ヨハンは苦渋の決断を下したのです。収容所の環境はひとの心を失わせるのに十分すぎるものです。
ヨハンは収容所の中で監視役へと昇進します。監視役になると食料などの面で少しだけ優遇されます。それはナチスドイツ体制下のカポと同じような原理です。彼は収容所の環境により冷酷な人間へと変わります。
老人は看守から激しい暴力を受け、絶命します。その妻は密告したヨハンのことを許せずにいました。
ある日、ヨハンの母であるユリは、看守から素敵な赤い櫛をもらいます。労働を頑張っている様子が認められ、そのご褒美だったのです。その美しさは収容所のモノクロの環境で格別なものでした。老人の妻はそれをよく思わず、ユリを刺します。ユリは多くの血を失い、もうすぐ死んでしまいます。
性暴力、妊娠、そして出産 – こどもの未来のために
ヨハンの妹であるミヒは孤児であるインスと恋に落ちます。それを仲裁したのがヨハンです。看守であるリーはミヒに恋していますが、ミヒはインスを愛しています。いくらリーがミヒを愛してもそれは叶わぬ片思いです。それをよく思わなかったリーは、権力で彼女に性暴力をします。インスはリーを襲いますが、権力の差には勝てません。インスはリーなどの看守に捕まり、恐れられている完全統制区域へと強制連行されます。そこで待つのは死と激しい拷問です。それでもインスはミヒを守りたかったのです。収容所にコンドームなどあるわけがありません。性行為の結果ミヒとインスは出産という課題に直面します。
出産は限られた人にのみ許されることです。多くは堕胎されるか、出産直後に殺されます。仮に生まれたとしても、そのこどもは収容所にいますから、人並みの幸せさえも願えません。
ミヒとインスは、生まれてくるこどもの幸せを考え、脱北する決意を固めます。「自由になりたい」そう願った彼らは、炭坑のトロッコの下に身を隠すことを思いつきます。ヨハン、ミヒ、そしてインス。3人はいつも仲間でしたが、トロッコには2人しか入れません。ヨハンは若い夫婦の幸せを願い、ミヒとインスに切符を譲ります。
たくさんの勲章を貰った軍将官と、自己批判の集会に彼らはいました。ヨハンが手を挙げ、ミヒへの感謝を語ります。「私はこの収容所で、兄弟を愛することの大切さを知った」という内容を語るヨハンを見て、ミヒはヨハンが「ミヒとインスだけで脱北しなさい」と思っているということに気づきます。そうしている間にミヒとインスは集会を抜け出し、脱北、つまり自由への道を歩み始めるのです。
TEDで話しているのは、ヨハンではなくインスなのです。インスとミヒは脱北に成功し、カナダのバンクーバーに住んでいます。インスの話を聞いているミヒはこどもを抱いています。ヨハンがどこにいるのか、そもそも生きているのか、2人は知りません。ここで物語が終わります。
なぜヨハンの父であるヨンソンは日本に住んでいたのか – 帰国事業とは
1950年ごろから1984年にかけて、帰国船に乗り、在日朝鮮人とその配偶者は日本から北朝鮮に帰国したのです。彼らは「北朝鮮は地上の楽園で、病気になっても無料で医療が受けられる」「日本人は3年経てば祖国に戻れる」「良い暮らしが保障されている」と朝鮮総連などから言われ、帰国を決意したのです。事実として、彼らが日本人から受ける差別は私たちの想像以上にひどいものでした。また、当時は在日朝鮮人の7分の1以上が生活保護(RdC)を受給していました。日本政府からすれば、彼らが北朝鮮に帰国するということは、生活保護費を削減することができるという意味です。そのため、当時日本にいた約50万人のうち9万人以上が北朝鮮に帰国したのです。しかし、皆さんが知っているように、北朝鮮は世界最貧国のひとつとも言われるほど貧しい国で、彼らは貧しい暮らしを余儀なくされています。さらに市民の自由といったものは全くといってよいほど存在しません。そして彼らは片道切符で行きました: 北朝鮮から逃れ日本などの国に戻れた人はごく一部です。
私の推測
ヨハンの母がユリという名前であることは、彼女が日本人であるか在日2世であるかという可能性を示唆させます。ユリという名前は日本ではよくあるものだからです。実際に、帰国事業(韓国では北送事業とも呼びます)で北朝鮮に行った人たちは、その日本人配偶者を連れて北朝鮮に渡ったのです。配偶者の多くは女性でした。帰国事業では約1万人の日本人が北朝鮮に帰国しました。
北朝鮮のカースト制度: 出身成分
出身成分とは、北朝鮮にある身分制度です。世界で最も厳しいとも言われるこの身分制度では、国民を細かくランク分けしているのです。一番上に立つのは金日成さん、金正日さん、そして金正恩さんです。それを朝鮮労働党が支えています。最下層にあるのは、自殺した人たちの遺族や日本から来た人たちです。日本は戦争の加害者で、朝鮮半島にいた人たちを厳しく扱いました。そのため日本人は北朝鮮の中では身分制度の最下層に置かれるのです。出身成分が低いということは、反逆者になる可能性が高いということを意味していると当局は理解しています。そのためヨンソンおよびその家族は当局から常に厳しい監視を受け、少しのことでもひどく疑われてしまうのです。
北朝鮮と自殺
北朝鮮で自殺とは国家への反逆を意味します。そのため自殺者を出した家族は収容所送りになるか、出身成分のランクを下げられるのです。そのため映画でも「自殺したい」と言う人に対し「自殺してはいけない」と説教する場面があります。これは精神障害者に言ってはいけないことTOP3に入る禁句なのですが、北朝鮮ではそのような背景があるのです。
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