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パラフレーズ(言い換え)で、効率的に外国語を学ぼう!!

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Photo by Rodrigo Souza on Pexels.com
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「鶏肉(Pollo)」という言葉を知らなかったイタリア在住の中国人(中国人であるという確証はなく、あくまでも「アジア系の人で、その中でも肌の色が薄い東アジア系の人」くらいの意味合いである。日本人がフランス人とイタリア人とスペイン人を見抜けないのと一緒のこと)が、卵(Uova)を持って、「お母さんはどこ?(Dov’è la mamma?)」と聞いたという。このmemeがイタリアでかなり有名になった。
多くの人は笑っていた(侮蔑ではなく、単純に面白いから)が、これは語学力を上げるために最も有効な手段なのだ。
母語である日本語でもそうだが、全ての語彙を覚えている人は全くいないはずだ。たとえば、私は「傀儡国家」という言葉を最近まで知らなかったし、それが「かいらい」と読むことはもっと最近まで知らなかった。具体的には「満洲国は日本の傀儡国家だ」などと言うことができる。それが外国語となれば、もちろん語彙の数は減ることが明らかだし、基本的には、母語の語彙を超えることはない。
私は「母語」と書いているが、それは「母国語」とは言わないほうが良いとされる。なぜなら、日本人という(ほぼ)単一民族国家の場合は、「日本人と自認する人=自らが日本国籍保持者=両親も日本人と自認し日本国籍を保持している=母語も母国語も日本語」と考えて間違いないが、たとえばイタリアに住んでいるフランス人である場合、彼が1世であれば、「母国はフランス」と考えるかもしれないし、「母国はイタリア」と考えるかもしれない。それは彼の自認や、境遇や、どっちの国により愛情を持っているかなどで決まるだろう。そして2世になると、「親はフランス人だが、私はイタリアに住んでいる時間のほうが長いからイタリア人だ」と自認するかもしれない。「日本人と自認する人=日本国籍保持者」とは、必ずしも言えない。それはどの国においても同じだ。母国をどこと考えるかも、同じ問題である。そのため「外国語として学んだわけではなく、物心ついたときには話せていた言語」に関しては、「母語」という言い方をしたほうが良いとされるし、私もそう思っている。たとえば日本とイタリアのハーフだった場合、「母国」が日本なのかイタリアなのかは、繰り返すようだが、その人によって異なるだろう。そのため「母国語」という考え方もまた異なるのだ。
話がそれた。外国語を学ぶということについて考えてみよう。最初はまったく知らない状態で、簡単な単語や文法や定型句(挨拶など)を学び、そのあと中級、上級へと進んでいく。もちろん全員が上級者になるわけではなく、その前に勉強をやめたり、「これで十分」と考えたり、勉強していてもあまり上達しなかったりする場合も十分に考えられる。そしてとくに初級者であればあるほど、知っている語彙も文法も低いレベルにある。それでも、その人の母語を知らない人に外国語で説明しなければならないとき、いちいち辞書をひいたりGoogle翻訳を使ったりしてももちろん良いが、そういかない場合もあるだろう。そんなときには、冒頭に書いた、パラフレーズという方法を使うことが最適だ。
たとえば「紅茶」と伝えたいとしよう。日本語をそのまま直訳すると「赤い色をしたお茶」となるが、これでは意味が分からないかもしれない。ウーロン茶やTisana(イタリアのハーブティーやカモミールティー。色もいろいろなものがある)が出てくるかもしれない。そういったときには「イギリスが有名で、ミルクと混ぜて飲むこともあり、ティーバッグに入っていて…」などと説明できるだろう。これはまさに、辞書を頭の中で書いているようなものだ。
私が大家さんとラクイラ市街を歩いていたとき、「ここは危ない道路で交通量が多いから注意してね」と言われたことがある。彼は「investitoされて亡くなった高齢者がいた」と伝えてくれた。しかし私はinvestitoの意味を知らなかった。vestitoは服、inは「~しない」という意味もあるので、「服を着ていない人」と解釈した。しかしどうも話が合わない。服を着ていない、つまり全裸になって人が亡くなったことと、その道路が危ないことは、どうも関係性がないように思う。見ず知らずの人から暴行を受けて、服を脱がされたという意味に解釈するのは、この文脈では不可能だ。そこで大家さんは、辞書を出すわけでもGoogle翻訳で調べるでもなく、丁寧に説明してくれた。「これが車ね」と右手で車を表現した。「これが人ね」と左手で歩いている人を表現した。人は車の下に行き、そしてその人が亡くなったと説明した。つまり、「轢かれた」という意味なのだ。この説明により、私はすぐにinvestitoの意味を覚えることができたし、その後忘れたことはない。
大家さんは語学学校の教師ではないし、外国語が堪能というわけでもないようだ。それでも丁寧に説明してくれたのは、彼にパラフレーズの能力があったからだ。もちろん、彼が日本語を知っていれば、それは「轢かれた」という意味だと日本語で説明できたかもしれない。それでも、日本語を習得する難しさに比べれば、パラフレーズの方法を覚えることは圧倒的に簡単である。
パラフレーズの能力は、外国人に「これってどういう意味?」と聞かれたときに使うこともできる。

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