ようこそ! / Benvenuti!

Poste Italiane è un AMORE, Traduttrice, insegnante di lingua giapponese, Blogger e Youtuber.
イタリアの郵便局(ポステ・イタリアーネ)を心から愛しています。翻訳者、日本語教師、ブロガー、YouTuber。
I love Poste Italiane (Italian Post Offices). Translator, teacher of Japanese language, Blogger and YouTuber.

I miei libri / 出版した本 / My books
スポンサーリンク / sponsorizzazione

文学部や人文学部、教養学部などの文系学部に通うメリット なぜ人はリベラルアーツを学ぶのか

スポンサーリンク / sponsorizzazione
woman in pink and white floral shirt standing beside woman in blue shirt 未分類
Photo by Tima Miroshnichenko on Pexels.com
この記事は約5分で読めます。
スポンサーリンク / sponsorizzazione
スポンサーリンク / sponsorizzazione

文学部での学びは国のためにならない

以前知恵袋(日本の質問投稿サイト)で「文学部などに通っても日本のためにならない」と言う趣旨の質問があった。工学部や理工学部などの理系の学部では、仕事に困らず、収入の高い仕事や社会の役に立ちやすい仕事ができるということについては、ほぼ間違いない。文学部を卒業しても就職には苦労するし、就職できたとしても工学部と比べて給料や待遇が劣ることは、周知の事実だろう。しかし、だからといって「文学部には通う意味がない」とは、絶対に言い切ることができない。

たしかに、たとえばダンテの「神曲」について研究して深い知識を得たところで、それがイタリアの経済を支えることにはならないだろうし、国の中枢を担う優秀な政治家にもなれないだろう。それはたとえばウンベルト・エーコを研究している学者のような、本当に深い知識を手に入れたとしても、そのような仕事は多く要求されていないから、結局ごく一部の人しか、その専門性を生かした仕事には就けないだろう。そして、その知識が、例えば国の崩壊した経済を支えることも、画期的なサービスをつくって市民の生活の質を向上させることも、残念ながらないだろう。

文学部と「Twitterの定型文」の共通性

だからといって、文学部などでの学びが無駄になることは絶対にない。むしろ、工学部の知識よりももっと身近に、いろいろな部分で毎日の生活を豊かにしてくれるだろう。とはいっても、給料が増えるわけでも画期的なサービスを作れるわけでもないその知識が、どうして無駄ではないと言えるのか、それについてはこれから解説する。

少なくとも日本のTwitterには、「コピペ」と呼ばれる定型文がある。そしてその定型文を時事問題等に合わせて変形させることで、面白いと言ってもらえるような文章を作ることができる。

nanaco改悪の件、嫁に話しました。
途端に泣き崩れる嫁。
すまんな、もう贅沢品は買えない。
今から子どもに給料がなくなるのでおもちゃ買えなくなる事、伝えます。
nanacoで生活している人もいるんです。俺はセブンイレブンを絶対に許さない。

@kamakirizamurai

この定型文はnanacoという日本のコンビニエンスストアが使っているサービスについてのものである。この文章は俗に「途端に泣き崩れる嫁」という言葉で知られている。これがTwitter上で多くの笑いと共感を得たことから、多くの改変ツイートが生まれた。たとえば、このようなものである。

楽天モバイルの件、嫁に話しました。 途端に泣き崩れる嫁。 すまんな、もう速射砲はできない。 今から子どもに通信料が値上げされるのでおもちゃ買えなくなる事、伝えます。 1GB0円で生活している人もいるんです。俺は三木谷浩史を絶対に許さない。

@Mi_Sakura353

これは楽天モバイルという日本の携帯キャリアの話である。そして、楽天モバイルの話が話題になったため、このコピペを改変して、さらなる笑いをもたらしている。そして、もちろんこのコピペを知っていなければ改変することもできないし、そしてこのコピペを知っていなければ「何を言っているんだ」と思ってしまい笑えないこともあるだろう。

教養を学ぶことの意義

それが教養というものの意義なのである。教養があると、より多くのことで笑ったり共感したりすることができる。たとえばクイズ番組でより多く正解することができたり、古い時代の文化や歴史をより理解することができたり、本を読んでもより内容が理解できたりするだろう。外国語を学べば語源や言葉の由来を知ることができ、より言語の理解が深まる。法学を学べば社会の根底で私たちを支えてくれる法の仕組みを理解することができ、興味深い判例を知ることもできるだろう。心理学部なら人の行動の特性や理論を学び、対人コミュニケーションに生かすことができるだけでなく、相手の気持ちを理解するのにも役立つだろう。文系学部はリベラルアーツと呼ばれることが多いが、それの本質的なものは「教養を学ぶ」ことなのである。

繰り返すが、教養を知ったところで良い仕事に就けるわけでもなく、多くは大学で学んだことと関係ない分野の仕事をすることになるだろう。しかし、日常生活の細かいことを心から楽しめ、感情が豊かになるということだけは、私が言いたいことだ。実は実生活に一番身近で役立っている学問であることを、あなたはその知識を身に着けてからはじめて気づくだろう。生活が豊かになり、

豊富な語彙力で感性を磨くことができる

たとえば、綺麗な花を見て「綺麗だ」と思う人よりも、「可憐で健気に咲いていて、凛としているな」と感じることができる人のほうが、より多くのことを感じられるだろう。そして、それを言葉というフォーマットでエクスポートすることで、よりその対象(この場合は「花」)をよりよく理解できるだろう。「あの人はバカだ」と言うのは簡単だが、どこがどうバカなのか、何が彼に足りないのか、どういう風にバカなのか…それを表現できたら、もっとあなたの感性は磨かれ、より豊富な感情のエクスポート方法を持つことができるだろう。例えばpdfでしか出力できないソフトウェアと、jpg形式にもpng形式にもdocx形式にも対応しているソフトウェアでは、後者のほうがより必要とされるし、より良いユーザエクスペリエンスを提供することができるだろう。そして、文学部などのリベラルアーツは、実践的ではないものの、あなたの生活を必ず豊かにしてくれるものであって、決して過小評価されるべきものではない。

何故リベラルアーツを学ぶのか

その答えは、もう私は既にここに書いているが、「人生の感度を上げてより豊かな生活を送るため」である。

コメント / Commentare

タイトルとURLをコピーしました