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世界に理解しあっている友がいるのだから、天の果てにいても隣にいるようだ

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a person sitting on wooden planks across the lake scenery lingua – 言語 – language
Photo by S Migaj on Pexels.com
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私は8月19日(金曜日)から中国の大学に留学しているのですが、そこで聞いた漢詩(昔の中国で書かれた詩)を引用します。

城闕輔三秦

風煙望五津

與君離別意

同是宦遊人

海内存知己

天涯若比隣

無為在岐路

児女共沾巾

送杜少府之任蜀州

タイトル: 杜少府任に蜀州に之く
作者: 王勃

この詩が伝えたいことを意訳すると、

「私と君は遠く離れてしまった。お互い公務員なのだから、別れは仕方のないことだ。世界の果てに理解しあえる友を持っているのだから、たとえ世界の葉てにいても隣にいるようだ。だから、こどものように泣くのはやめようではないか」というものです。

全文の訳は、以下です。

私のいる長安にある城門は守られていて、風に流れているかすみの彼方に、あなたが(公務員として)赴任する土地へと向かう五つの渡し場が見える。
あなたと離れなければならないその気持ちは、同じ公務員として故郷を離れている私も、あなたと同じものを感じている。
この世界の中に自分のことを理解してくれる人がいれば、たとえ私達が世界の反対側にいるほど離れていても、すぐ隣にいるようなものだ。
だからもうやめよう、この人生の分かれ道にたっている私達が、まるでこどものように、涙でハンカチを濡らすようなことは。

この詩の解釈や詳細な説明は、私の専門外なのでこのブログでは書きません。

COVID-19の流行により、会いたい人に簡単に会えない世の中になってしまいました。私は好きな人がイタリアにいますし、イタリアにたくさんの友達がいますが、国境の壁は2019年よりもたしかに厚くなってしまったのです。以前はもっと簡単に海外旅行ができた時代だったのに、現在は煩雑な手続きを終えないと海外旅行ができないのです。そして、戦争の足音は決して幻聴ではなく、現実のものになってしまいました。私の同僚は、戦時下の生活を余儀なくされています。中国でも厳しいCOVID-19の対策により、家から出ることができない生活が続いているようです。

しかし、中国と日本(私が生まれ育った場所)は、古来深い繋がりの中で、互いに交流したくさんのことを学んでいます。一部の視野が狭い愚か者がその関係を壊そうとしていますが、友情はそんなに簡単に壊せるものではありません。中国語はとても興味深い言語ですし(とくにその外国語の翻訳方法に魅了されています)、日本にもたくさんの中国人学生が来ていて、中国にも日本人学生がたくさん勉強しています。地理的に近くにある中国と日本は、わずか1000キロメートル程度しか離れていませんし、その距離は1000年前のものよりもはるかに近くなっているのです。中国の電化製品の技術革新はとても早いスピードで進んでいます。日本のサブカルチャーも年々魅了されるものになっています。お互いから多くのことを学ぶことができる関係なのです。

私は将来、イタリアで生きていくことを望んでいますが、その選択をすると、日本やその他の世界のあちこちに、たくさんの友達や愛する家族を残していくことになります。10000キロメートルの距離と8時間の時差を乗り越えるのは、決して簡単なことではありません。しかし、現在は幸いなことに、WhatsAppもGoogle Meetもある時代です。COVID-19のパンデミックがあと20年早かったら、人々はもっと孤独であったことでしょう。限られた数のSMSと手紙と電話で、ロックダウンを乗り越えなければならないのですから。

「たとえ世界のどこにいようとも、私達はずっと大切な関係でいられる。なぜなら、私達はお互いを理解しあっていて、愛し合っているのだから。」これは、日本と中国の、日本とイタリアの、そして私の愛する家族や友達のことを言っているのだなあと、感動しました。
1000年以上前に書かれたこの詩が、たくさんの言葉に訳されて、世界中のどこかでまだ息をしている、そのことに、文学の普遍的な価値を感じることができるのです。いつかこのブログが、100年先を生きるひとたちにも、読まれていてほしいと願っています。

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