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愛する人を幸せにしたい。

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幸せってなんだろう。

生きている限り、幸せをつかみたいと思う。幸せになりたいと思う。幸せでいたいと思う。そして、誰かを幸せにしたいと思う。不幸になりたいと思っている人はいない。誰もが明日の自分は今日よりも幸せになっていてほしいと思う。

幸せになりたいと思うことは、心が健康である証拠だ。

どんなに絶望的な状況でも、全員が自殺しないのは、幸せになる希望を失っていないからだ。実際に、この本によるとユダヤ人などの強制収容所では自殺した人が増えたが、全員が自殺したわけではない。
逆に幸せになる希望が奪われたとき、ひとは自殺を考える。自殺する人は、もう状況は好転しないと思っている。そして自殺以外の選択肢が見えなくなる。これを心理的視野狭窄という。

私達が生きるのは、幸せになるためだ。少なくとも自分自身を幸せにし、願わくば誰かを幸せにすることだ。しかし、両者は対立するものではなく、相互に関係するものだ。誰かを助けることにより自分自身も助けられるというのは、よくある話だ。
ただ、自分自身を幸せにできていない段階で、誰かを幸せにしようと思ったときには、極端な自己犠牲や相互依存などの大きな副産物を生んでしまう。

私は愛する友人達を幸せにしたい。幸せにする、なんていうことは本質的にはできないと知っていながら、そう願う。
よく言われるように、幸せは自分が気づき、自分の心が決めるものだ。
どんなに良い環境で、どんなに良い暮らしをして、どんなに深く愛されていても、その人の心が満たされていない限り、その人は幸せになれない。
逆に、どんなに環境に恵まれなかっとしても、どんなに暮らしがよくならなくても、誰からも愛されていなくても(実際にはそんなことはなく、愛されているとかいないとかと思うのはどこまでも個人の感情の問題である)その人は幸せになれる。

聞いてくれ、僕の列車はゆっくりで
かっこよくなくて驚きもしないけど
僕の列車が通るところは
必ず青空になるんだよ

青空トレイン / 傘村トータ

青空トレインというボカロの曲だが、このような生き方がしたいと思った。

大事な友人達を幸せにしたいなんて、そんなことは冒頭に言ったように不可能なことだ。幸せはあくまでもその人の心が決めるものだからだ。

ただ、幸せにはできなくても、幸せにするために少し手を貸すことはできる。幸せにしようと手を焼くことはできる。そのようなことを惜しみなくできる人になりたい。

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