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マイノリティが迫害される社会において、マジョリティであることの暴力性―No.23

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つるの剛士が差別的発言を行ったことに対する記事である。面倒なので詳しくは個人で調べてもらいたい。簡潔に言えば、農園でパクチーが盗まれたが、証拠がないにもかかわらず、その犯人を外国人であると断定し、周囲から「それはあまりにも失礼で差別的ではないか。関東大震災で朝鮮人が虐殺されたのもこのような人間のせいだ」というようなコメントがあったにも関わらず彼は「私は被害者です」と言い張った、ということだ。

この世の中は、明らかにマジョリティ(多数派)が力を持っている。日本社会において日本人であること、アメリカ社会において白人であること、一般的な社会において異性愛者であること、健常者であることなど、いろいろな時と場合がある。私は他国のことについて詳しいことは知らないし、こないだみたいに無知なコメントをしてしまうのはよくないので、私が18年間育ってきた日本社会について書こうと思う。

日本において、これは聞いた話でしかないが、外国人であることは圧倒的に不利である。これはどの国においても大なり小なりあることではあるが、日本においては特にひどいのではないかと、私のイタリアにかかわる体験を見て思う。家を借りることすら困難だし(私はイタリアで簡単に家を借りることができた)、いくら日本語力があっても仕事では差別され、そもそも日本人が仕事においても優遇される。朝鮮学校の問題(授業料についてや、学校への誹謗中傷など)、外国人技能実習生への深刻な虐待(最低賃金を支払わない仕事がまかり通っていることなど)、それに最近では新型コロナウイルスで外国人が入国できないという深刻な人権侵害についてもだ。朝鮮学校のような学校がイタリアにあるかについては私は把握していないので、これについては単純な比較はできない。外国人技能実習生については、イタリアにはそもそもイタリア人でさえ仕事がないので、外国人であろうと仕事を見つけるのは難しい。外国人は国から手当てを得ているが、これについては無知なのでコメントを避けたい。しかし少なくとも「移民が月に900ユーロを得ている」というのはデマであるようだ。そのお金の一部のみが実際に彼らに渡されている。私はイタリアに留学することができるのは、イタリア政府が外国人の入国を許可してくれているからだ。日本に外国人が入国できないために、留学すらできないということが起きている。また、恋愛においても、日本に入国できず遠距離恋愛を強いられているなどの実情もある。これらの問題については、私よりも詳しい人がたくさんいるので、自分で調べてもらいたい。

そもそも「外国人への生活保護を廃止する」などと言っていて、外国人にヘイトスピーチを行っている人種差別主義者が選挙に立候補できること自体おかしいのに、彼らはフォロワーがたくさんいて、支持されていて、しかもかなりの得票数を得ている。これは残念ながらイタリアにもありえていることだ(Legaなどがその一例である: 彼らは反移民を掲げている)。

イタリアの例を出したが、私はイタリアを称賛したいわけでも日本を「下げたい」わけでもない。私はあくまでも差別に反対しているだけだ。

イタリアにおいて、日本人が差別されることは少ないように思う。中国人に対しては差別が多いようだが、日本人だとわかると態度が変わり、大概は好意的な反応をされる。イタリアにおいて差別を主に受けているのは、アフリカ系の、イスラム教を信仰する、黒人の移民だ。正直に言うと私は以前Facebookなどで複数の移民から差別的な言動をされたり、性被害に遭ったりしたことがあるので、個人的に彼らに対して良い感情は持っていない。ただそれはあくまでも一部であり、差別を容認して良い理由にはならない。黒人が白人警官に殺されたとして、彼らが犯罪者だから殺されたと言う人がいるようだが、犯罪者だからといって殺されていい理由にはならない。なぜなら人間が人間を殺して良いのは、刑務官だけなのだ。しかも正当な裁判という手段を経て、それでやっと人を殺すことができるのだ。現行犯の場合は警官が発砲等してもよいのかもしれないし、このあたりの法については詳しいことは知らないが、少なくとも無抵抗の人を撃ってしまうのは明らかに差別が蔓延している証拠だ。話を戻すが、日本人が差別を受けなかっとして、これをもって「イタリアは差別が少ない」と言ってしまうのはあまりにも傲慢だ。自分が差別を受ける主な対象でないからといって、差別がその国にないわけではない。

実際に、日本に住んでいるイタリア人に聞いてみると「私はそんなに差別されたことがないよ」と言う人が多いように思う。日本において主に差別を受けているのは韓国人や中国人だからだ。白人には日本人はそこまで厳しくない。

これがマジョリティであることの暴力性である。日本において日本人でいれば、アメリカ社会において白人であれば、イタリア社会において黒人でなければ、人種差別主義者の犠牲になることはあまりない。この暴力性が行使されるのは「私は外国人に対する差別などしていない」とマジョリティ側が言ってしまうときだ。差別というのは、必ずしもすべてが悪意を持っているわけではない。たとえば「〇〇っていう属性に属する人はよく性的暴行を行う」などと正確な統計もなく言っていたのであれば、それは既に差別的である。仮にそんな統計があったとして、その統計の正確さが証明されていたとしても「〇〇人は△△なのだから、〇〇人であるお前もまた△△だ」などと言ってしまうことが容易にあるからだ。このとき差別的な思考が差別を行ってしまう。これはポジティブな場合でも起こりうる。「ハーフのこどもが欲しい」と思うこともまた差別的である。なぜならこどもはあなたの所有物ではないし、何よりも「ハーフであること」を願うのはまた「ハーフでないことを願わない」ということであるからだ。「私は日本人だ」と言った場合に、それは同時に「日本人でない人」という概念を生み出す。もっと分かりやすい例で言うと、「2は偶数だ」といった場合に「3は偶数ではない(=奇数だ)」ということも暗に含意していることと同じである。数学的に言えば、ある集合を定義する場合に「全体集合(数という単位、人間という単位全体)」と「補集合(偶数ではない数、日本人ではない人)」と「集合(偶数、日本人)」は全てセットだからである。

往々にしてマジョリティはその恩恵を享受するが、マイノリティを陰でさげすんでいるし、それは冒頭の「私は被害者であり、私は差別などしていない」という発言に集約されるように、自らが加担している差別に気づかないという愚かさを持って現れる。極論を行ってしまえば、無知であることにより差別に加担している(無意識の場合も含め)ということ自体が罪であるのに、その罪に気づくことすらないので愚かだというのである。じゃあこれを書いているお前はえらいのかと言うとそうではない。私も知らないことがたくさんあるし、それを肝に銘じておかなければならない。私の意見はあくまでも私の意見であり、事実とは分けて考えておくべきだからである。ある集団においてあなたがマジョリティであるのならば、その権力について知っておくべきであり、度々意識するべきである。

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