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14歳のときに、私の死生観ががらっと変わった。

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14歳の夏、私は偏差値69の志望校に合格するために、毎日9時間以上の受験勉強をしていた。そして、いつものようにごはんを食べるため、塾から帰宅していた。その日の昼も、私はいつものように自宅でニュースを見ていた。

それは2016年8月24日の昼のことだった。だいたいの読者さんと一部のイタリア偏愛者は知っているとおり、この日はアマトリーチェ近郊で地震が起きた日だった。トップニュースで、その地震のことが伝えられた。

私は呆然とした。半年前に旅行に行った国で、アマトリーチェなどという詳しい地名は知らなかったものの、私の心をここまで魅了した国で起きた惨事に、言葉を失った。そして私はご飯を食べ終わり、塾に戻り勉強していたが、心は別の場所にあり、勉強には集中できなかった。

日を追うごとに現地の詳しいことがわかっていった。たくさんの方が救助を待ちながら亡くなったこと。何万人もの方があの夜に家を失ったこと。歴史的な街並みが失われてしまったこと。アマトリーチェのあの日の青空は、ほんとうに綺麗で、悲しくなった。

それを見て私は思った。人間はこんなにあっけなく死ぬものなのか。誰かの愛する人はこんなに簡単にいなくなっていまうのか。誰かが住んでいた街は、こんなに簡単に壊れてしまうものなのか。その街に住んでいた誰かは、こんなに簡単に、愛する人や暮らした家や大切な人を、こんなにあっけなく失ってしまうものなのか。

文字通りすべてを失った彼らは、それでも生きていかなければならない。自分の一部さえも失ってしまった彼らは、それでも明日に向かって進まなければならない。なんて現実は厳しいものなのだろう。なんてこの世界は理不尽なものなのだろう。なんでこんなに人生は悲しいものなのだろう。なんで生きていくことはこんなにも報われないことばかりなのだろう。なんで彼らはあの日死んでしまったのだろう。彼らが何をしたというのだろう。

そんなことを考えていたら、自然と私まで心を病んでしまった。

なぜ私は生きているのだろう。何もなかったかのように、なぜ私は生かされたのだろう。自分が許せなくなっていた。私は私が生きていることを、だんだん許せなくなっていた。自分が生きている理由や価値がわからなくなっていった。私が精神疾患になるのに、それほど長い時間はかからなかった。

年が明け、2017年になった。私は無事に志望校に合格した。私は高校生になり、スマートフォンを手にした。私は学校が終わってから夕食を食べるまでの間、つまり2時間程度、片っ端から地震に関する記事を読んでいた。こんな生活を夏休みになる前まで、つまり3か月は続けていた。当時はFirefoxで画像を非表示にする機能があるなんて知らなかったから、ニュースの画像や映像をそのまま見ていた。そのおかげでだいたいのこと(イタリアで過去に起きた地震のことや、防災や復興のこと)を理解している。この過程でラクイラという街を知った。イタリア人にこの過程を言うわけにはいかないから、「ニュースで見た」くらいにぼかしている。彼らはだいたい察したのか、それ以上は聞いてこない。

私が読んでいたのは、日本語の記事だけではなかった。英語とイタリア語の記事も読んでいた。ただ、当時はあまりイタリア語はできなかっため、英語に翻訳して読んでいた。おかげである程度の基礎的なイタリア語(かなり分野は偏っているが)を習得したのもこのころだ。

志望校は国際的な校風で知られている学校で、英語教育に力を入れていた。志望校は県内3位(※当時は大阪には住んでいなかった)の進学校だったが、英語ではトップだった。そんな志望校で英語の成績を校内50番にキープできたのは、これだけの英語の記事を毎日読み続けたからだ。先生には「この学習法(※先生は記事を読んでいたことを知らない)を続けてくださいね」と言われた。

ただ、私の心はそこまで強くはなかった。

私の経験はここまでだ。本題に戻そう。

この地震を機に私の死生観はだいぶ変わった。なんとなく私達は平均寿命までは生きているものだと思っていた。だがそれは違った。震災だけでなく交通事故や病気や事件などにより、私達がいつ死ぬかなど誰にもわかりはしないのだ。そしてこの「いつ死ぬかわからない」ということが、人生の1日1日を大切に生きることになるのだろう。

Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever.
明日死ぬかのように生きなさい。永遠に生きるかのように学びなさい。

これはおそらくガンジーが言ったとされる名言で、本当にその通りだと思う。明日死ぬかもしれないと思うと、人間は傲慢ではなくなる。永遠に生きると思いながら学べば、理想の自分に近づける。

愛する人にさよならも言えずに死んでいった彼らのことを思うと、私にある考えが生まれた。私はいつ死ぬかわからない。ひょっとしたら、この記事を書いている間に死ぬかもしれない。私がこの春から大学に通い始めるまでに死ぬかもしれない。ラクイラを再訪する夢がかなわないまま死ぬかもしれない。だからこそ、私はより素直に、「大好き」だとか「ありがとう」だとか、もしくは「ごめんね」だとか、そういったことを言うようになっていった。「また明日ね」といって別れた人たちに、その「明日」が来るなんて誰にもわからない。だからこそ、これが最後の別れになってもいいように、言いたいことはちゃんと伝えておきたい。

「私はここで死ぬのだろう」と悟ってから実際に死ぬまでの間に、いくらかの時間が残されている。即死の場合は別だが、たいがいの死にかたには少しの余裕がある。それは数秒かもしれないし、数日かもしれない。場合によっては数年の猶予があるかもしれない。ただ、そのときはきっと苦痛を抱えていることだろう。生命機能を止めてしまうほどの苦しみを抱えていることだろう。そんなときに、生きている間の後悔など抱えていたくはない。

「私はここで死ぬけれど、私はいままでに得たものに関して感謝している。私は自分に、そして周りに、『ありがとう』と思いながら死んでいくことができるだろう。」

こんなことを思いながら死にたい。そのためには、なるべく後悔しない人生を歩むことだ。それは難しいことだが、「感謝しながら死ぬために、このことは必要か?」と思いながら、人生の選択をしていきたい。

私は常に自問していることがある。私は今ここで、そのように死ねるだろうか?私があと1分で死ぬとして、私はそのときに何を思いながら死んでいくのだろう?それを考えるようになってから、私は後悔することが減ったと思う。無益な時間を過ごすことが減ったと思う。取るに足らないことに心を縛られる時間が減ったと思う。

そして、私は何をのこして死んでいくのだろう。ある人は絵画をのこし、ある人は小説をのこし、ある人は発明をのこし、ある人は研究をのこした。私は愛する人たちに、苦しいことや悲しいことをのこしたくない。私と過ごしたやさしい思い出や、私とその人との抱擁、キス、握手…そういったものをのこしたい。

私は言語学、心理学、産業精神保健に興味がある。これらの分野に、私がした研究をのこしていきたい。論文や抄録や研究会など、どんな形でもいいから、この世界に少しだけ貢献してから死にたい。

私を遠く離れた国で待っていてくれるたくさんの友人達。そのうちの何人かに、1月の滞在で会うことができた。彼らは私のことを応援してくれている。私の夢がかないラクイラ大学に合格する日を、いつかaquilana、つまりラクイラ市民になる日を、そしてラクイラから世界中の困っている人になにかの支援ができる団体を作れる日を、彼らは待っていてくれる。

彼らと再会するまでに、これらの夢がかなうまでに、私は死んでいるかもしれない。彼らが死んでしまうかもしれない。私が何かの事情でその夢をあきらめなければならない日が来るかもしれない。

それでも、私は彼らに何かあたたかいものをのこしていきたい。私と交わした抱擁、キス、握手…そのようなものでいい。私と出会ったことが彼らにとっていい出来事であってほしい。私は彼らにたくさん支えられた。たくさんの助言やアドバイスを受けた。私は彼らに愛されている。いつでも私のことを気にかけてくれている。日本に何かあったときには、イタリアから連絡が届く。もちろん私もイタリアで何かあったら、心配だと伝えている。なぜなら、たとえ何もできなくても、心配していたらそれだけで少しは救われるだろうから。そう信じているから。

遠く離れていても心は側にいるよ。そんなメッセージを、伝えているつもりだ。彼らに起きた悲しい出来事を、少しでも分かち合えたら。彼らが抱えている苦しみを、少しでも分け合えたら。そして、彼らに嬉しい出来事や素敵なことが起きたなら、ともに分け合い分かち合いたい。そうすることで、悲しみは癒され、喜びはさらに増幅するものだから。

話がそれてきた。ただ、私は「ありがとう」と思いながら、できればそれを誰かに言いながら、死んでいきたいと思っている。だから、そのために必要なことをして、残りのいつ死ぬかわからない人生を歩んでいきたい。

実はこの記事を公開するのにだいぶ私はためらった。この記事を見ているのは日本人だけではないだろうし、もし(イタリアだけでなく世界中の)被災者のもとに届いたら、たとえ私にその意図がなくても、彼らの気持ちを傷つけてしまうかもしれない。ただ、私はこの経験を誰かに知ってほしくて、この記事を書いた。

4000文字近くに渡る文章をご覧下さり、ありがとうございました。

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